研究内容 | Ken Morita research group at Chiba University

Ken Morita research group at Chiba University

研究内容

研究テーマ

2020年度の研究テーマはまず、大きく分けると以下の三つになります。(詳しい説明は後述。)

  • 超短光パルスを用いた電子スピンダイナミクス観測と制御
  • テラヘルツパルスによる電子スピン超高速コヒーレント制御
  • 光モード制御による電子スピンの時空間制御 (新規)

スピンとは直接関係ないのですが、以下のテーマも楽しく進めています。

  • 小型フーリエ変換赤外分光装置、簡易分光器(分散型)の開発

研究テーマの説明

はじめに

量子コンピュータは量子力学における「重ね合わせ」といったものを利用して、超並列計算を実現するコンピュータです。従来のコンピュータでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを、数時間で解くことができ、超高速計算が可能になると言われています。そのような量子コンピュータの主役の一つの候補として期待されているのが、量子力学的な奇妙な性質を持ち私たちが研究を行っている「電子スピン」です。

「電子スピン」をこうした量子情報処理技術で活躍できるためには、スピンという量子力学的な状態を操作する必要があります。スピンの操作は簡単ではありませんでした。しかし、技術進歩によってスピンを操れる手前の段階まで来ています。

スピン軌道相互作用を利用したスピン制御

電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance: ESR)は、電子スピンの量子力学的状態であるスピンを制御するものとして、古くから知られた基盤技術です。ESRを実現するためには、外部磁場である静磁場と振動磁場が必要で、大型の電磁石やマイクロ波共振器が用いられます。しかしこの手法では、微小領域のスピンを制御するができません。外部磁場を用いずに微小領域のスピンを制御するためには物質中のスピン軌道相互作用を利用することが効果的です。私たちは、このスピン軌道相互作用をどのように活用し、スピン制御を実現できるのか、について探求し、全く新しいスピン機能素子の実現を目指しています。

スピン軌道相互作用が働く半導体中では、空間移動する伝導電子スピンに対して内部有効磁場とよばれている実効磁場が作用します。すると、Fig. 1(a)のようにラーモア歳差運動(磁場の回りをスピンが回転する現象)によって電子スピンは有効磁場のまわりを回転し始めます。ここで、電子スピンの動きが速いほどスピン軌道相互作用が強く(有効磁場は大きく)、回転速度も増大します。つまり、スピン軌道相互作用を起源とする有効磁場を活用することで、スピンの回転(操作)が可能になります。我々が扱うIII-V族半導体中には、速度と方向に依存する二種類のスピン軌道相互作用を起源とするRashba型[1]とDresselhaus型[2]有効磁場が存在します[Fig. 1(b)]。

Fig. 1. (a) 有効磁場によるスピン回転、(b) Rashba型とDresselhaus型有効磁場

ここで比較的広い範囲に生成された伝導電子スピンの集団を考えます。各々の電子スピンは衝突と走行を繰り返しながらランダムな動きをします。始めにスピンの向きが揃っていたとしても衝突の度に運動方向を変え、その都度、電子スピンに作用する有効磁場の向きと大きさも変化します。有効磁場はラーモア歳差運動によるスピン回転を引き起こすため、スピンの集団全体としてながめると、スピンの向きはバラバラになります。このスピン緩和のメカニズムは、スピン軌道相互作用を起源としたD’yakonov-Perel’機構[3]として知られています[Fig. 2(a)]。

次に電子スピンを小さなスポットサイズ内に形成し、さらにそのスピンの動きコントロールすることを考えます。生成した小さなスピンの集団が、衝突することなく特定の方向のみに動くよう上手に誘導できれば、特定の有効磁場のみがスピンに作用します。全てのスピンは同じ有効磁場を感じて一斉に回転を始めます。つまり、外部磁場が無い状況でも局所領域におけるスピン制御が可能になります。これが、外部磁場を用いずにスピンを制御するゼロ磁場スピン制御の基本原理です[Fig. 2(b)]。

歴史的には、R.T. Harlayのグループがゼロ磁場スピン歳差運動を初めて観測し[4]、Y. Katoがスピンを電界でコントロールしたゼロ磁場スピン制御に初めて成功しました[5]。

Fig. 2. (a) D’yakonov-Perel’機構、(b) ゼロ磁場スピン制御

超短光パルスを用いた半導体中電子スピン時空間ダイナミクス

スピングループでは、III-V族半導体の中でもGaAs/AlGaAs量子井やInGaAs/InAlAs量子井戸中といった比較的スピン軌道相互作用が強い系における電子スピンが研究対象です。研究概要のところで、「スピンの極限制御を目指す!」と述べました。スピンの制御性、つまり回転のしやすさを決めるもっとも重要なものは、スピン軌道相互作用を起源とした有効磁場です。電子スピンの状態は、材料やその組み合わせ、試料構造、温度、励起エネルギー・強度、さらには外部からの電界印加条件も含めると条件によっていくらでも変化します。今後、半導体中のスピンの制御を本格的に行うためには、各々の電子スピンに対して作用する有効磁場を丁寧に突き止め、スピンの向きの回転のしやすさを作り出す環境を明確にし、整理する必要があります。

スピングループが掲げる一つ目の課題は【超短光パルスを用いた半導体中電子スピン時空間ダイナミクス】はそのための研究課題といえます。具体的には、スピンを局所的なスポットに励起すると、Fig. 3(a)のようにスピンは拡散し、有効磁場の回りを回転しながら広がり始めます。そのときにスピンが回転する周波数を空間スキャン法によって測定し[Fig. 3(b)]、そのスキャン方向依存性を調べることで、Fig. 1(b)に示すRashba型とDresselhaus型有効磁場の向きと大きさを明らかにできます。

この空間スキャン法は、共同研究者の東北大学好田准教授らが開発した光学測定技術で有効磁場を直接求める画期的な方法です[6]。我々はさらに波長切り出し光学系を導入し、対物レンズを用いた二波長空間スキャン法を開発しました。(光学系の詳細は少し複雑なので説明は省略しますが、スピングループのOBが苦労して構築してくれました。) 二波長空間スキャン法によってスピンの励起スポットサイズを今まで以上に小さくでき、その結果、スピンが拡散し始める過渡的(transient)な時間領域でのスピンダイナミクスについて調べられるようになりました。最近得た二波長空間スキャンとモンテカルロシミュレーションの結果をFig. 3(c)に示します。スピンの回転周波数の精密測定から、transient領域特有のスピンの回転周波数が決まった場所で徐々に遅くなる現象を見出し、transient領域の解析で有効磁場を決定することに成功しています [7]。スピン軌道相互作用下でのスピンの時空間ダイナミクスを詳しく調べるほど、従来の理論では簡単に説明できない現象が現れ、新しい物理が沢山潜んでいると考えています。

Fig. 3. (a) Transient領域のスピンダイナミクス、(b) 時間分解空間スキャン法、(c) 二波長空間スキャン法を用いた測定結果[5]

高強度テラヘルツパルスによる電子スピン超高速コヒーレント制御

前述のとおり、電子スピンに作用する有効磁場の大きさはスピンの動きが速いほど増大します。これまでの研究は、外部から面内方向に電界を与えてスピンの速度を徐々に速め、弱い有効磁場でスピンの向きを回転(制御)することが行われてきました。しかし、複雑な電極構造を作製するための微細加工技術が必要で、電界印加による電子スピンの速度の増加には限界があります。

スピンの回転速度を高め高速制御を実現するためには、スピンの速度を一瞬で上昇させる必要があります。それを解決するために我々が提案しているのは、最近大きく進展した高強度テラヘルツパルス発生技術の活用です[8,9]。テラヘルツパルスは光に比べて波長が長いため、電荷を有する電子をその緩やかな電界振幅で移動することが可能です。緩やかといっても時間的にはピコ秒オーダーのため、スピンを制御する時間としては超高速時間領域です。100 kV/cm以上のピーク強度を持つ高強度テラヘルツパルスを電子スピンに照射できれば、桁違いの短い時間(< 1ps)で電子が一気にエネルギーを得て加速します。この技術とスピンの時空間分解測定技術を組み合わせれば、巨大な有効磁場を利用した電子スピンの超高速制御の実現とその観測が期待できます。【高強度テラヘルツパルスによる電子スピン超高速コヒーレント制御】はそれを実現するテーマであり、科研費基盤研究(B)(代表森田2018-2020)の提案課題でもあります。このテーマの難しいところは、一方で高強度テラヘルツパルスを発生し、もう一方でスピンの時空間分解測定を行い、それらのタイミングを合わせる必要があるところです。森田の学生時代からの友人である大阪大学レーザー科学研究所中嶋准教授のレーザー設備をお借りし、実験を進めています。現在、数十kV/cmの高強度テラヘルツパルス発生に成功しています。また、最近では高強度テラヘルツパルスを発生するためのテラヘルツパルス発生光学系と電子スピンを観測するスピン時空間分解計測光学系を組み合わせた、独自のスピン・テラヘルツ光学系(Fig.4 (a))の構築にも成功しました。今後、この光学系を利用したスピンの超高速制御(Fig.4 (b))を行う予定です。大きな進展が期待できる楽しみなテーマの一つです。

Fig. 4. (a) スピンテラヘルツ光学系、 (b) 高強度テラヘルツパルスを利用した超高速スピン制御

光モード制御による電子スピンの時空間制御 (新規提案中)

これまでの光を用いた研究は、光の中でも最も基本的なモードである基本ガウス光が用いられてきました。しかし、光には発見されてから30年程度しか経っていないラゲールガウス光と呼ばれる渦を巻き、集光スポットの強度分布がドーナッツ形状である新しい光モードが存在します。この新しい光であるラゲールガウス光の特徴は、光の円偏光(自転)に対応するスピン角運動量と、渦(公転)に対応する軌道角運動量の両方を併せ持っていることです。そのため、ラゲールガウス光を半導体に照射すれば、渦を巻くドーナッツ状の新しいスピン空間モード(トポロジカルスピンモード)の発現が期待できます。新規課題のため、他の研究者と議論・検討中ですが、積極的に新しいことを試みる予定です。

小型フーリエ変換赤外分光装置、分散型簡易分光器装置の自作

私たちスピングループは、研究を重視する一方で学生の教育にも力を入れています。既に確立されている技術であっても教育的であり・発展性があれば研究テーマとして採用します。光の技術は常に進歩していて、研究者の関心が高いものはある意味最先端のものばかりです。そのため、古典的な光の理論や既に確立された光学測定技術は軽視されがちです。しかし、既にある技術にも触れながらじっくり考えることは、新しい発想を生み出すことや研究の質の向上にも役立ちます。現在、微弱なテラヘルツ光の分光検出に向けた小型フーリエ変換赤外分光装置(Fig. 5. (a))の製作を行っています。同時に貧乏研究者が精度の高い分散型簡易分光装置(Fig. 5. (b))を自作する方法も探っています。

Fig. 5. (a) 小型フーリエ変換赤外分光装置、 (b) 分散型の簡易分光装置

※光学測定の研究室であれば、息抜きに楽しみながら装置を自作するのも良いものです。(森田)

  1. E. I. Rashba, Sov. Phys. Solid State 2, 1109 (1960).
  2. G. Dresselhaus, Phys. Rev. 100, 580 (1955).
  3. M. I. D’yakonov and V. I. Perel’, Sov. Phys. JETP 33, 1053 (1971).
  4. M. A. Brand, et al., Phys. Rev. Lett. 89, 236601 (2002).
  5. Y. Kato, et al., Nature 427, 50 (2004).
  6. M. Kohda, et al., Appl. Phys. Lett. 107, 172402 (2015).
  7. K. Kawaguchi, et al., Appl. Phys. Lett. 115, 172406 (2019).
  8. J. Hebling, et al., Opt. Express 10, 1161 (2002).
  9. H. Hirori, et al., Appl. Phys. Lett. 98, 091106 (2011).